ドイツ(どいつ)は 〔ドイツ・民族・海外旅行〕 

ヨーロッパ中央部にあり主としてゲルマン民族が住む国。

「ドイツ」はドイッチュdeutsch(形容詞)の転訛(てんか)で、ドイツ語の国名ドイッチュラントは「ドイッチュの住む国」の意である。

ドイッチュは「ローマ的でない人」の意のローマの古語ティウティッシュTiutishからきており、古高ドイツ語のディウティスクdiutiskや中高ドイツ語のディウッチュdiutschに原形がみられる。
英語名はジャーマニーGermany。

近代国家としてのドイツの政治的統一は1871年であって、イギリスやフランスなどよりもはるかに遅かったが、文化の面では、哲学をはじめとするさまざまの学問分野で優れた業績を生み、音楽・文学などの芸術分野でも多くの巨匠・天才が出て、世界の文化史のうえで大きな役割を果たした。

20世紀に入ってからのドイツは、1914年からの第一次世界大戦に敗れて共和国となり、巨額の賠償と世界恐慌によって大きな打撃を受けたが、ヒトラーの率いるナチスが勢力を得て、39年第二次世界大戦を引き起こした。

当初は有利に戦闘を進めたものの、やがて連合軍に押されて敗退を重ね、45年5月に無条件降伏した。

戦後、オーデル川とその支流ナイセ川以東はポーランドの管理下に置かれ、残る地域はアメリカ合衆国、イギリス、フランス、ソ連の4か国によって分割管理され、ベルリンも4か国で分割管理されることになった。

その後いわゆる東西冷戦の激化に伴い、米・英・仏とソ連の対立が激しくなり、1949年9月、米・英・仏の3国が管理する地域が一体となってドイツ連邦共和国(西ドイツ)が誕生した。翌10月には、ソ連地域にドイツ民主共和国(東ドイツ)が生まれて、旧来のドイツは体制の異なる二つの国家に分割されるという悲運にみまわれた。

その後西ドイツは、マーシャル・プラン(ヨーロッパ復興計画)の経済援助によって、「奇跡の復興」を成し遂げ、EC(ヨーロッパ共同体)およびNATO(北大西洋条約機構)の一員として発展を続け、一方、東ドイツは、積極的な工業化政策を進め、ワルシャワ条約機構およびCOMECON(経済相互援助会議)加盟国のなかでは、もっとも著しい経済成長を遂げた。
update:2009年08月20日